人気が欲しい人生だった

POPEYE des KAKITAI

いつかPOPEYEで執筆を

生きてる意味のない人間の人生は惰性

何のために生きてるんやろなあ、と電車に乗ってる最中によく思う。別に何か辛いことがあったわけでもなく、ただなんとなく急に。

 

友達とベランダで七輪焼肉する予定があったり、いいなあと思ってる女の子とご飯に行く予定があったりするときは、人生それなりに楽しい。

 

七輪焼肉は炎上がって煙はもくもくやし、服装失敗して寒かったけど楽しかったなあ。友達が家の近所にいるのは本当にありがたい。

 

いいなあと思う女の子とご飯食べるのも楽しい。ワイン飲みながら、めちゃくちゃに甘えたいとか気持ち悪いこと言いながら頑張って笑かそうとするの楽しかった。

 

顔が好きで喋るのも上手い人はいいよ。まあ、恋人になるのは難しいんやけど。

 

とまあ、楽しいときは楽しいし、ごちゃごちゃ考えやんで済む。常に楽しい予定入ってたらいいんやけどなあ。

 

でもまあそんなこともあるわけなく、昨日今日と一人で映画を観て、それからダイニングテーブルやらコートやらを求めてぶらぶらと歩いてたんやけど、帰りの電車に乗って家の近所の景色が見えたときに、何のために生きてるんやろなあ、と思った。

 

日が暮れかかった紺色の街が寂しかったなあ。

 

悲しいかな、特に優れたものも持たず世の中の役に立ってないし、自分が生きてる意味はホンマにない。

 

僕が死んだら悲しんでくれる人はいると思うけど(そうだと思いたい)、死んだら死んだで、その人の生活にそう支障はないやろし、僕と何回かご飯食べたり、映画とかテレビの話するはずやった時間、その人は別のことをするだけというくらいかな。

 

そう思うと、ここで人生終わっても別にいいなあ、めんどいなあって。

 

でもなんか最近、生きてる意味とか考えるのくだらんし、生きてる意味がないなら残りの人生惰性で適当にふらふらと生きようと思ってる。

 

ストレスのないそれなりに楽しんでできる仕事してお金稼いで、可愛いと思った服とか靴買って、暇な時間は片っ端から映画館で映画観たろって。

 

欲求に忠実に。美味しいご飯も食べるし、眠たいときに寝る。ひとりでも楽しいことは全部一人で楽しむ。そう決めた。

 

で、好きな女の子といるのはやっぱり楽しいし、彼女も欲しい。彼女おったら一人で過ごす時間も今より少なくなるし、もうちょっと生活が楽しくなると思うねん。

 

ただこればっかりは自分一人ではどうしようもないから、いいなあと思ったらがんがん好きってアピールしていかなあかんからしんどいけど。

 

傷つくは傷つくけど、人生惰性。しゃーない。