人気が欲しい人生だった

POPEYE des KAKITAI

いつかPOPEYEで執筆を

天才が書いた読み物を読んでほしい

ブラックマヨネーズ吉田敬氏(いちファンとしてこの後はブラマヨの吉田と書かせてもらってもよろしいでしょうか。すっと言えや!)とが書いた『黒いマヨネーズ』を読んだ。

とにかく凄まじかった。『ずぼりらじお』や『アツアツ』に始まり、ブラマヨの2人が出ているテレビやラジオは追ってきた方なので、今回のコラムに書かれているエピソードのほとんどは聞いたことがあるものだった。が、それはあくまでテレビサイズのもので、文章になると、かなり奥深いものだった。日々生活していて、ここまで一つ一つのことを掘り下げて考えていたら、しんどいだろうな、と。忙しすぎて、心臓が動いているメカニズムまで疑い出したというエピソードは度々話されるが、そりゃそうなるわ、と思った。

とにかくまあ読んでほしい。そしてニヤついてほしい。しかし、女性の方は読まないでほしい。いや、これを読んでニヤニヤできる人がいるなら、是非とも仲良くなりたい。そしてあわよくばお付き合いしてほしい。

 

さて、今回のエッセイが出ると知って僕はすぐに購入を決めた。大体の本は文庫化されてから買うのだが、吉田の本となれば別だ。すぐに読みたいし、コンテンツとして課金する価値があるのはもう分かっている。一番好きなお笑い芸人という質問を受けた時は、決まってブラックマヨネーズチュートリアルの名前を挙げさせてもらっている当然の義務だ。

好きな芸人で僕は…というより、同世代でお笑いの熱さに惹かれた人間はほとんどがそう答えるのではないかと思う。そのくらい、この2組はすごかった。チュートが伝説のネタの一つバーベキューでダウンタウン松っちゃんを唸らせ、さらにそのチュートを押さえてブラマヨが紳助師匠に4分間の使い方がバツグンに上手いと言わしめ優勝した2005年、行きづりの女とも寝るよ、という当時の僕には全く意味が分からないながら爆笑したチリンチリンのネタでチュートがM-1初の完全制覇を成し遂げた2006年。この2年のM-1は後世に語り継いでいくべきだと思っている。

痺れた。面白すぎて泣き笑いした。2005年当時小学6年生だった僕は「漫才師めちゃくちゃかっこいいやんけ…」と震えていた。

そして偶然にも、M-1の次の日に母親に観に連れて行ってもらうことになっていたNGKの舞台はブラマヨが出演するものだった。「僕らM-1で優勝しました! 写真撮ってもらってもかまいませんよ」というチャンピオンになりたてほやほやのときの台詞も生で聞いているのだ。

このときすでに何となくお笑いが好きだったが、運命的なものを感じ、決定的に好きになった。学校でブラマヨの漫才の感じで友達と喋るのはめちゃくちゃ楽しい時間だった。

そして、すっかりお笑いにインスパイアされた僕はアンテナビンビンでボケとツッコミをむやみに振り回していたおかげで、うちの中学校でF4と呼ばれていたイケてる女の子4人組の1人、森川さんにも「お笑い芸人になってそうやわ」と学校のバルコニーで話しかけてもらったこともある。モテない男子中学生にとって、スクールカースト上位の可愛い女の子に話しかけてもらったエピソードはとても貴重なものだ。これのおかげで新聞に載るような行為に走らず、この年まで来れたと言っても過言ではない。ブラマヨ様様なのである。

この時期はとにかくブラマヨが出ている番組を貪るように摂取していた。そして、ダメなことなのだが、YouTubeに違法アップされている『ずぼりらじお』も後追いで聴き、僕はまた衝撃を受けた。面白すぎたのだ。可能な限り聴いた放送回全てがめちゃくちゃ面白かった。

その中で面白いだけじゃなく、本当にいいコンビやなあ、と特に印象に残っている回がある。吉田のおばあちゃんが亡くなってすぐ後の話をしていたのだが、深夜携帯に耳を傾けていた当時の自分の姿まで思い出されるくらいである。しっかりと笑いに変えている辺りが流石なのだが、しんみりとした空気もあって、ブラマヨ大好きや、と思った。

そんなおばあちゃんとのエピソードについて、『黒いマヨネーズ』では詳細に書かれている。少なくとも僕は初めて知る話だった。感動したし、赤坂のスタバでめちゃくちゃ笑った。まあまあ混んでるのに、僕の隣の席だけは永遠に空いたままだった。そういうことだ。

繰り返しになるが、とにかく読んでほしい。天才の書いたエッセイなので。

神田のステーキ屋さんでおじさんに微笑みかけたら怪訝な顔をされた

新御茶ノ水駅で降りて、神田の中古カメラ屋さんを目指して歩いてた。

 

天気は良くなく、水色を隠す灰色のフィルターに覆われてる空を見てたら、いまにも泣きだしそうやなあ、とかダサいこと思った。

 

土曜の午後2時。ランチタイムも終わってる時間やからか、ボクが通った店はえらい寂しかった。

 

や、そう感じただけかもしれんのやけど。それくらい気分も落ち込んでた。

 

その日は、ほんまやったら、SNSで知り合った女の子と遊ぶ約束をしてたんやけど、ちょっとしたことで機嫌が悪くなって、やめた。

 

人として最低やなと思ってすぐに、そもそも、インターネットで知り合った女の子にひょこひょこと会いに行こうとしてたのを、自分が気に入らんことあったからやめるってなんなんやろと思ったんが、自己嫌悪に陥ってた正真正銘の理由なわけで。

 

ダサい。エピソードからしてダサい。学生時代にまともな青春を謳歌できなかったやつ丸出しやん。

 

学園祭で、一年生のときは友達がおらんから、一人で校舎中歩き回るだけで終わって、二年生のときも友達おらんから、お化け屋敷の出しもんしてるクラスに紛れ込んでずっと暗い部屋で時間やり過ごして、三年生のときも結局友達おらんから、学園祭行くのをやめたやつ丸出しやん。

 

小川町駅らへんですれ違った人たちも、すれ違う男の脳内でこれだけの文字数が再生されてるとはまさか思わんかったやろな。

 

ほんでカメラ屋さん行く途中にあったステーキ屋さんにふらっと入って、ハンバーグを食べた。

 

ウェイトレスの女の子二人が丸っこくて、まかないでお肉いっぱい食べさせてもろてるんやろなあ思った。

 

そのお店は、なんかおひとりさま専用みたいな机が何席かあって、ボクの前に後から来たおじさんはご機嫌な人やって、ハンバーグとナポリタンセットが運ばれてきたら、いっただきまーす♩って言うてはった。

 

や、音符がほんまに見えたねん。楽しそうでほっこりさせてもろたから、食べ終わってお会計しに席立つときに、ボク、そのおじさんに微笑みかけてみてん。

 

そしたら、おじさん、すごい怪訝な顔してはって、人生って自分の気持ち上手く伝えるんむずいなって思った。

 

ありがとう、ごめんね、好きやで、はきちんと言葉にして伝えましょうってことでしょうか。

 

あー、死にたい。

昨日のこと

あかんなあ、昨日は嫉妬にまみれて、優しくしてくれる人にわがまま言うてもうた。

昔からなんやけど、一回嫌い、なってもうたらもうあかん。憎しみが増していくのみやねん、でも、嫌いになった人いうんはだいたい人気者、や、ぼくの好きな人から好かれてるんか。

せや、昔からそうや。嫌いになった人いうんは、ぼくの嫉妬の対象なんや。

16歳の頃となんも変わってへん、頭も心も。社会から認識される記号として歳が増えて、体が老いてるんのにな。

このまま、嫌われたくない人にも甘えて、勝手に嫉妬して、ぼくはひとり死んでいくんやろなあ、と昨日の夜から今日の朝にかけて思ってた。

見ないように、思い出さないように蓋をしてる自分のダメなとことかがグワァーと一気に押しかけてくるわけ。向い合え! いう話なんやけど、逃げてる、ほんでまた、逃げてるなあ、あかんなあ、思って。

そないしてたら、仕事で頑張って楽しくて、また見なあかん現実を記憶からふわっと消すんよ、自然に。

それがちょっとずつ蓄えられてって、ほんまに大きなって一気にドンと落ちてきたとき、ぼくの心は死ぬんだろうな。

幸せってなんやろか

みなさんはどんなときに、「幸せやー!」って感じはりますか? 分厚いステーキ食べたときですか、好きなアイドルのライブで大はしゃぎしたときですか、それとも、好きな人と何気ない時間を過ごしてるときですか?

全部幸せやし、ぼくもどれしたときも幸せ。そんな幸せについて、ちょっくら書きます。

 

ここ最近で、幸せやなあ、と思ったことがいくつかあって。まず一つ目は、7月から入った会社の上司、先輩に褒めてもらったこと。「期待してた以上の働きをしてくれた」「入社3ヶ月とは思えない成長曲線だね」なんて言ってもらっちまいました。えへへ、やったね。

 

ありがたいことに、仕事でもたくさん幸せなことを経験させてもらってます。テレビや雑誌の向こう側だった女優さんやタレントさんの取材に行かせてもらったり、これから芸能界を駆け上がっていく、っていうパワーに満ち溢れたアーティストの方やタレントさんにインタビューさせてもらったり、本当に幸せ。

 

あとはツイッター頑張ってたら、素敵な人たちと出会えたこと。

文章を扱っている人、メディア運営に関わっている人、フォロワーが多い人、って軸で、会いたい人にたくさん会ってもらいましたが、みんな好き。これからも友達でいてほしいな、と思っています。

 

どの幸せももっと膨らませて書きたいのですが、今日は風邪の影響でお腹が痛いのでここまで。ふと思い立ったので箇条書き程度に書いておきました。取り急ぎ、ってやつですわ。

電車に乗っています、くさい人いません

電車に乗っている。まあまあ満員の千代田線。ストレスなんは間違いないんやけど、くさい人おらんからだいぶええ。

ホンマにくさいのだけは嫌なんです。どんなに顔面かっこよかったりかわいかったりしても、無理! むしろ、なんでそんな容姿に恵まれてこの世に生を受けたのにくさいねん、って苛立つ。

やから、自分も匂いにだけはめちゃくちゃ気使ってる。これでもし臭かったら、いっそのこと、ひと思いに殺してくれ、頼む。

シャワーは朝夜絶対に浴びるし、歯茎から血出るくらい歯磨くし、クセのない香水もふってる。

ええ匂い、って言われるんはもちろん嬉しいんやけど、くさい自分が許されへん、っていうんが根底にあるんやと思う。

だって、ただでさえ帰りたいのに、くさいままとかもっと帰りたいやん。外出られへんくなるわ。あれよ。なんかとりあえず着て出たけど、ダサい服やったときの「帰りたい〜」ってやつや。

やから、くさいまま、外うろちょろしてる人がホンマに信じられへん。くさい、って時点で無理やのに、その思考回路も無理。一生関わらずに生きていきたい。

その反動もあるから、ええ匂いする人大好き。ありがとうな、ええ匂いさせてくれて、ありがとうな、ってなる。

なんここっちゃ。あー、風邪悪化しとるわ、これ。